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第26話
―9月10日(月曜日)14時
生田警察署
会議室のなかには俺と瑞樹しかいなかった。北島一誠は弁護士を伴って訪れていた。
俺のいない間にアメリカに戻ったミツルの顛末はすべて瑞樹から聞くことになった。最後に瑞樹から『もう北島におまえは必要ないよ』と言われたことに少し傷ついて、少し安堵した。
「ミツルは、アメリカに戻って残っているシヴァのメンバーたちとまた一緒に仕事をすると、言っていました。もちろん、今度は合法的な方法で」
「そうか」
「北島さん、もうミツルは大丈夫です。あいつはちゃんと生きていける」
「君たちにそう言われると、なんだか安心するよ」
個人資産はすべて失ったが北島社長が北松組を離れることはなく、代表権のない取締役として、引き続きその任についていた。社外を含むすべての取締役の、強い要望だったと聞く。
「それで、ナオトのことなんだが、」
「家を出た理由を知っていますか?」
「特には思い当たらないんだ」
「文香さんと同じように、ナオトくんは野良猫の保護活動をしていました。家にネコの毛を持ち込んで、猫アレルギーのあるあなたを辛い目に合わせるのがイヤだったんです」
「……ネコ?」
「そう、猫です。家を出たのは具合の悪い猫の世話を、保護施設に泊まりこんでやるためだったんです」
「文香が猫の保護活動をしていたのは知っていた。一度自宅に連れ帰った時に私はアナフィラキシーショックを起こして、2週間入院することになってしまった。文香もずいぶんショックを受けていて、二度と猫には関わらないと」
「でも見捨てることは出来なかったようです。猫の世話をしたあとは必ず銭湯に寄ったりして、徹底してあなたに負担をかけないようにしていました。ナオトくんも中学生になったころから手伝うようになりました」
驚いた顔をする。
「何も理解してやれなかった。最低だ、私は」
「文香さんは癌であることがわかってから、より活動に熱心になりました。ナオトくんも一緒だったので。文香さんには幸せな時間だったと思います。思春期の息子と同じ経験ができるなんて、誰にでもあることではありませんから」
「ナオトが、あの子が戻ってきたら支えてやりたい。私もまた一からやり直すつもりだ。あの子が許してくれるなら、」
「あなたと血が繋がっていなかったことにはショックを受けていましたが、決して、あなたを恨んでいるわけではありません」
「しかし、名前まで変えて、」
「それは……」
俺を探すためだったというナオトの軽率な行動を言葉通り信じたとしても、この場で話すことは憚れた。この人からミツルを、家族を奪った理由の一端は、俺自身にもあるような気がしていた。言葉に詰まった俺の代わりに瑞樹が発する。
「北島さん、家族だからと言って一緒に歩いていかなければならないわけではありません。家族を捨てる人がいれば、先に逝かなければならなかった人もいます。残された人だって、ひとりの方が救われる人もいれば、また家族を創らないとだめになる人もいる」
その言葉は俺のなかにも響いてくる。
「正解なんてない、のだと思います」
誰もが羨むような理想的な家族のなかで育ったはずの瑞樹が、そう言った。
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