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第27話

―9月26日(火曜日) 10時 東京都千代田区 警察庁 「で、私にどうして欲しいのかな」 「北島ミツルには、二度と違法なハッキングには手を出さないと約束させました。あと、今後警察庁のファイアウォールについては全面的に協力すると。彼の能力を考えれば妥当な取引だと判断します」 アメリカで行われるような、一般的な司法取引はまだ日本で公式には認められていない。平成28年に改正刑事訴訟法が成立してはいるが、現在ではまだそう簡単に公に行使できるものではない。 「妥当、ね」 「シヴァは、その能力を考えれば世界でも有数のエンジニア集団です。トップクラスと言っていい」 新沼警視正は手渡した資料をぺらぺらとめくる。そこには今回の件を一挙手一投足に至るまで記載した。なにひとつ隠さずに。 「ホワイトハッカーとして利用すると?」 「ええ。シヴァのシニアエンジニアと協力体制がとれるというのは、警察庁としても歓迎すべきことかと」 「……それで、このことを全部知っているのは?」 「はい。うちのチーム8名と如月総悟、兵庫県警生活安全課の吉岡刑事、大阪国税局・査察管理課長の田辺洋治と担当の宮崎拓真、北松組の北島社長と会長、常務の寺島優作、それと、」 「私か?」 「……はい。田辺課長は警視正のご友人だと。宮崎拓真は私の中学の後輩になります」 「なあ、安藤、」 「はい」 「優秀すぎるってのも、きっと疲れるんだろうな。ニンゲンは、少し抜けているくらいの方がいいのかもな」 「私は抜けているところが多いので、なんとも、」 「よく言う」 「もしも北島ミツルが、あのとき如月総悟に電話さえしなければ解決しなかった、そう思っています」 「まあつまり、結局は『情』が解決したってことだ。我々のアナログな勘とやらも、まだまだ捨てたもんじゃない」 大きく息を吐きながらそう言って、資料をすべてシュレッダーにかけた。 「これにて一件落着ぅ、と。まあCIAの職員がふたり割れたのはご褒美ってとこだな。そうそう、ひとりは兵庫5区選出の衆議院議員の私設秘書で、もうひとりは姫路市環境局の正規職員だったぞ」 「公務員だったんですか!」 「外事課に振ってはおいたけど、まさか公務員までいるとはね……参ったよ。ああ、それから、」 「はい」 「今回のこともあって、おまえを国際刑事警察機構(インターポール)のICGI(サイバー捜査部門)に行かせたいという話が出ている」 「シンガポール、ですか」 「街は清潔で治安も悪くない。飯はうまいし、きれいな女の子がうじゃうじゃいる、いいところだぞ。おまえなら大手を振って送り出せるんだがな」 「でもまだ専従チームも発足したばかりですし、いま日本を離れるわけには……」 「そうだよな。……まあ、そういうと思って、私が先に断っておいたから安心しろ。というわけで、辞令だ。安藤警部、10月1日付けで兵庫県警、灘警察署・副署長を命ず」 「え? な、灘警察?」 「念願の地元勤務だな。副署長だなんて栄転じゃないか! オリンピックの前には、またこっちに戻ってきてもらうから実質2年ほどだが、まあそれまでは、しっかり頼むよ」 そう言って背中をばんと叩くから慌てて抗議する。 「いやいや、灘警察って総本部があるとこやないですか!  思いっきり左遷ですって。勘弁してくださいよ」 「いやー、あそこでヘリ使ったのはまずかったなあ。非番のパイロットまで連れてくるんだもんなあ。『特殊訓練だ』で押し通すのは、いやいや本当に大変だった」 「う、うう、」 「ああ、そういえば、総本部といえば、そろそろハロウィンだな。まあ、せいぜいイタズラされないように気をつけろよ」 「だから神戸で一番アカンとこやないですか! いや、俺シンガポール行きますから! 新沼さん! ちょっと!」

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