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第6話 はじまり(2)
大人しく青年が座っているあいだ、キッチンへ行き、買ってきた弁当をレンジに入れ、コンロに鍋をかけ牛乳を温める。
鍋の中に砂糖を入れてかき混ぜると、牛乳が沸騰する前に火から下ろし、二つのマグカップに注いだ。
最後の仕上げに、ブランデーを垂らせば出来上がりだ。
それを持ってリビングに戻れば、青年は部屋の中を気にすることもなくまたぼんやりとしていた。まあ、ここにはさして面白いものがあるわけではない。
十一畳ほどあるリビングダイニングは、いま彼が座っているソファのほかには、ローテーブルと壁面いっぱいに配置した大きな収納棚。
それに大型テレビやオーディオデッキ、スピーカー、パソコンが乗った仕事机。
あとはあまり使うことのない、二人がけのテーブルがある。必要最低限で、不要なものは置いていない。
「腹は減ってない? 弁当食う?」
マグカップを手渡すと、彼はそれを素直に受け取り口をつける。
自分の好みで甘いホットミルクにしてしまったが、特に文句も言うこともなくそれを飲んでいるので、甘いものは苦手ではないのだろう。
「ハンバーグと生姜焼きどっちがいい?」
温めた弁当をテーブルの上に置くと、彼はしばらくじっと二つの弁当を交互に見つめてから、生姜焼きのほうに視線を定めた。
箸を添えて、弁当を彼の目の前に差し出してあげれば、マグカップをテーブルに置いて弁当に手を伸ばす。
「もしかして朝からなにも食べてないとか?」
弁当を手にすると、青年はがつがつと食らいつくように弁当を食べ始めた。けれどかき込む勢いではあるが、箸の持ち方はとても綺麗だった。
些細なことだけれど、爪の先まで綺麗に整えられていて、そこいらによくいる若い子とは、やはり少し違った印象を受ける。
そういえば着ていた服も、仕立てのいいものだったなと思い返す。それにしても見れば見るほど綺麗な子だ。
「あまりかき込むと喉に詰まるよ」
グラスに水を入れて目の前に置いてあげると、彼はすっかり空にした弁当の容器をテーブルに戻して、水をごくごくと飲み干した。
「Merci 」
「ん?」
「アリガト」
初めて聞いた彼の声は、低音で優しく聞き心地のいい声だった。けれどその声よりも、発した言葉に首を傾げてしまう。
最初に聞こえた言葉は、聞き間違いでなければフランス語ではないだろうか。そして次に発したのは少し片言の日本語だ。
もしかして青年は日本人ではないのか。しかし顔立ちは美しいが、日本人離れした風貌と言うほどではない。
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