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第12話 距離(1)

 雨曇りの中でも、彼の浮かべる笑顔は華やかで麗しい。  彼がこんなにもまばゆいのは、並の人間が持ち合わせていないものを、持っているからではないだろうか。  普段から見せる、無駄のない洗練された所作も、身にまとう特別な雰囲気も、昨日今日で身についたものではない。きっと幼い頃から、特別な指導を受けて育ったのだろうと思う。  彼は一体何者なのだろう――彼のことを知るたびに、その疑問が湧いてくる。けれどなぜかそれを、深く問いただす気持ちになれないでいた。  知りたいのに知りたくない。そんな気持ちになるのだ。  それがなぜなのかはよくわからないが、いまは知らなくても困ることはない。心に晴れ間を持たせてくれる、彼がいてくれるだけで構わないのだ。 「雨、濡れちゃったね」 「だから傘を差せって言ったのに」  五分ほどの距離を歩いて帰るだけなのに、マンションに着いた時には二人ともびしょ濡れだった。あと数メートルと言うところで、雨脚が強くなったのだ。  それなのに折りたたんだ傘を開きもせず、リュウは並んだ肩を抱いて駆け出した。  走るよりも確実に傘を開いたほうが、濡れないことはわかりきっているというのに、彼は無駄な運動をさせてくれる。  文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、あまりにも無邪気な顔をして笑っているので、言葉が出なかった。 「靴下、脱いで裾を捲って、いまタオル……ってここで脱ぐな」 「これで拭けば、ここ濡れない」  洗面所にタオルを取りに行く前に、リュウは着ていたTシャツを脱ぐと、それで身体や足元を拭き始める。  着ているものも濡れてしまっているし、確かにそのほうが早いかもしれないけれど、あまりにも大雑把過ぎて驚くしかない。  結局ズボンまで脱いで、下着一枚になったリュウは洗面所にやって来て、濡れた服を洗濯機に放り込んだ。そんな姿に肩をすくめると、彼は小さく首を傾げる。

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