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第18話 心に灯る火(3)

 音がすべてシャットアウトされて、音楽だけが鼓膜を震わす。けれど視線を持ち上げれば、彼の姿が視線に止まってしまう。いまばかりはこの隔たりのない、広い空間が恨めしく思えた。 「集中しよう」  意識を彼から引きはがすように、画面に視線を向けた。無心でキーボードを叩くことに集中する。けれど意識をそらそうとすればするほど、彼のことが気になって仕方がない。   人間というものは単純だ。一度でも心を動かせば、すぐに捕らわれてしまう。自分の意志の弱さに、ため息が漏れてしまった。 「宏武、ご飯」 「ああ」  結局、食事の支度が調うまで、ぼんやりと彼を見つめてしまった。だが顔を上げた、リュウの視線からはうまく逃れたので、それは気取られてはいないだろう。  仕事に没頭しているように見えたのか、彼は傍までやって来てこちらの肩を叩いた。自分はそれに、いま気づいたかのようなそぶりで頷いてみせる。 「オムライス、できたよ」  ダイニングテーブルに足を向ければ、お店で出されるものと比べても、遜色ないほどのオムライスがあった。 「うまそうだな」 「頑張った。食べてみて」  椅子を引いて席につくと、リュウも向かい側で椅子に腰かける。料理をして少し気持ちが上向いたのか、彼のはいつもと変わらない笑みを浮かべていた。  それに誘われるままに、スプーンを手に取り「いただきます」と両手をあわせる。  オムライスはふわとろとした甘い卵が柔らかくて、たっぷりかけられたデミグラスソースと相まって、見た目もとても綺麗だった。  卵の下に隠れたチキンライスはケチャップ味で、バターをたっぷり使っているのか、ほんのり甘い。  卵やソースと絡めて食べると、口の中が幸せになる。 「どう?」 「うまいよ。いままで食べたオムライスの中で一番おいしい」  オムライスとは、こんなにおいしいものだっただろうか。優しくて甘い温かな味がする。  口に入れるほど、おいしさが広がっていくようだ。  ひたすら黙々と食べていると、向かい側でリュウが小さく笑う。不思議に思い首を傾げたら、ますます笑みを深くして、楽しげな顔をする。

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