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第36話 白昼夢(2)

 腕をひとまとめに押さえられ、Tシャツの隙間から滑り込んだ手に身体をいいようにもてあそばれる。身体にまたがられ、のし掛かられては身をよじることも適わない。  いつもリュウのセックスは、少し荒いと感じてしまうくらいだ。  けれど彼が自分を手荒に扱うほど、どこか安心してしまう心もあった。きっと優しく抱かれたら、ますます情が移ってしまう。 「んっ、ぁっ、あっ」 「宏武の声、すごくいい」  漏れる声を塞ぎたくても、指先一つ動かせない。  彼はこんな時まで物覚えがいいから、目の前にある身体をどうしたら悦ばせられるか。それをしっかりと学習してしまっている。  いつも的確過ぎて、声を抑える余裕もなく追い詰められる。  それほど声が低くない自分は、少しかすれた女みたいな甘ったるい声を上げてしまう。  そんな声が、彼の中にあるなにかを煽るのか、何度も声をこぼすたびに、ガツガツと食らいつくように攻め立てられる。  声が漏れるのを防ぐのは、もはや不可能だが、自分に向けられる視線から逃れるように目を閉じた。  熱を孕んだ目に見つめられると、飲み込まれそうになる。  だから抱かれているあいだは、なるべく目を合わせないようにした。そうすると彼の感情だけで、自分の感情じゃないと言い訳ができる気がするのだ。  本当はそんなこと、言い訳にもならないことはわかってはいる。はじめに彼の手の中に落ちたのは自分だ。  それでもずぶずぶと、このまま彼に溺れていくわけにはいかないと思う。しかしそう思うのに、何度も名前を呼ばれると、胸がひどく苦しくなった。  いつか軋んだ胸が、砕けてしまうんじゃないかってくらいに。 「宏武」 「……ん?」  ふいに髪を梳く感触がして、自分の意識が落ちていたことを気づいた。いつも彼は、自分が意識を手放すまで、その手に抱いた身体を離してくれない。  今回もそれは同様だったらしい。  重たいまぶたを持ち上げると、心配げな顔をしたリュウが、ベッドの縁に腰かけているのが見える。  どうやらソファからベッドへと、運んでくれたようだ。そっと手を伸ばせば、その手は大きな彼の手に握りしめられた。 「どこか、行くのか?」  いつの間にか彼は部屋着から着替え、身支度を調えていた。あれから随分と時間が過ぎたのだろうか。ゆっくりと身体を起こすと、リュウは恭しく背に手を回す。  身体を重ねたあとの彼は、いつも甲斐甲斐しいほどだ。  しかし終わったあとにひどく心配はするが、その原因である行為は改める気はないらしい。一度スイッチが入ってしまうと、自分でも止める術を持っていないのだろう。  それは彼の素直過ぎる性格のせい、なのかもしれないが。 「買い物、してくる」 「そうか」 「アップルパイ、買ってきてもいい?」 「いいよ」  駅前にあるケーキ屋のアップルパイが、近頃彼のお気に入りだ。メメが作ってくれたアップルパイに似ている、と喜んでいた。  けれどそんなことを言って、顔をほころばせる彼を見ていると、帰りたくはならないのだろうかと疑問に思ってしまう。  大好きなメメが、家族がいる場所に帰らなくていいのだろうか。  だがそんなことを考えはするが、彼の心が移ろいで行くのは、なんだかひどく寂しく感じた。

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