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第45話 終わりの時(3)
はらはらとこぼれるそれは、見惚れるほど綺麗だと思った。瞬くたびに伝う、涙は止めどなくあふれてくる。
手を伸ばして、その涙を拭ってやりたくもなるけれど、もうそんなことをしてやるわけにはいかない。
「ずっと一緒にいられるなんて、本当に思っていたわけじゃないだろう?」
「宏武の傍にいたい」
「あんたを待っている人がいるんだろ」
これは彼に与えられた、猶予期間だったんじゃないだろうか。本当はもっと早く彼を見つけ出していた。
それでも彼の心の傷を憂えて、先延ばしにした。きっとそうなのだろう。
リュウは目を惹くほど目立つ容姿だから、彼の情報は事欠かなかったに違いない。
家主の素性を調べ上げる時間があったくらいだ。すぐにでも連れ戻せたはず。
「さよなら、リュウ」
大きく見開かれた目から、また涙がこぼれる。
その涙は本当は誰のためなのか、そんなことを考えてしまう。大切な人の「代わり」がいなくなることが辛いのか。
それとも本当に、自分のことを想っていてくれるのか。それがわからない。
彼は肝心なことを、なに一つ言ってくれなかった。だがその答えを求めないようにしていたのは、自分だ。
これはなにもかもうやむやをして、顔を背けていたツケが回ってきたのだろう。
「リュウ、あなたのためにどれだけの人が動いているのか。もうわからない歳ではないでしょう」
こちらを見つめたまま、ふらりと彼の身体が後ろに下がっていく。立ち尽くしているリュウの腕を、フランツは強く引いた。
彼はその手に大きく肩を跳ね上げる。きっとわかっているんだ。いつまでもこのままではいられないことを。
甘い夢に浸って、現実から目を背けるのは簡単だ。
しかし夢は夢。永遠には続かない。
「なすべきことをなしてください」
冷静なフランツの声が、静かな室内に響いた。涙をあふれさせたリュウは、両手で顔を覆って俯いてしまう。
丸めた背中が小さく見える。その背中を抱きしめてあげられないことが、ひどくもどかしいと思った。
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