46 / 88
第46話 終わりの時(4)
「桂木さん。本当にお世話になりました。このお礼は後ほど改めてさせて頂きます」
顔を落としたリュウの肩を抱き寄せると、フランツは丁寧にこちらへ頭を下げる。
それを見つめながら、大して気の利いた言葉も浮かばす、自分は小さく返事をすることしかできなかった。
ああ、こうしてすべてが失われてしまうのか、そう思ったら胸の中が急に空っぽになる。
小さいけれど確かな幸せを感じていた。
あの時間が長く続いたらいいなんて、心のどこかで思っていたのかもしれない。
玄関先まで二人を見送ったけれど、リュウは最後まで顔を上げることはなかった。
「最後くらい、顔を見たかったのに」
とはいえ最後に見る顔が、泣き顔になるのは、なんだかもの悲しい気もする。どうせ残すなら笑顔のほうがいい。
彼の笑顔は本当に温かかった。無邪気に笑う顔はすごく可愛くて、一緒にいるとこちらまで笑みが移るくらい眩しかった。
自分が思っている以上に、心は傾いてしまっていたようだ。空っぽの胸が痛んで、息ができないくらい苦しくなる。
この感情が簡単に消えるだなんて、どうして思えたのだろう。
離れてしまった彼を想って、心が軋みを上げる。必ずこの結末が訪れると知っていたのに。
「後悔しても、遅い」
わかっていたのに流された。
わかっているのに、我慢ができなかった。彼が自分のことを、気に入っていてくれているのを言い訳にして、自分は悪くないふりをしていたんだ。
本当は誰よりも、自分が悪いって気づいていたはずなのに。
俯いたら涙がこぼれた。
彼のいなくなった部屋は、やけにがらんとして、雨音がうるさいくらいに響く。
その音から逃れるように耳を塞いだ。しかし音は染み込むように大きく広がっていった。
ともだちにシェアしよう!