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第57話 再会(3)

 受付窓口に行って、手続きを済ませるついでに、この病院の位置を教えてもらった。  どうやらコンサートホールから比較的近い場所にある、総合病院のようだ。  携帯電話で病院を検索して、家までの帰り道を調べる。病院前の通りから、駅に向かうバスが出ているらしい。  普段なら面倒でタクシーを使うところだが、病院で予定外の大きな出費をしてしまった。大人しく地道な方法で帰ることにしよう。  時刻を見れば十九時を過ぎたところだった。そう言えば結局リュウのピアノは聴けなかったな。  コンサートは十八時半くらいまでだったはずだから、もう公演は終わってしまっている。  彼とはもうやはり縁がないのかもしれない。思わず自嘲気味な笑みを浮かべてしまう。しかしこれで、彼を忘れる踏ん切りもつくというものだ。  もう終わりなんだ。そう言い聞かせて、立ち止まっていた足を動かした。  外に出ると、綺麗な茜色の空が広がっている。夏の夕暮れは緩やかだなと思いながら、その空を見上げて、ぼんやりとバスがやってくるのを待つ。  だが目の前に止まったのはバスではなく、勢いよく滑り込んできた黒のセダンだ。  こんなところに止まるなんて、非常識だなと思ったら、その助手席から慌ただしく出てきた人に、目を奪われてしまう。柔らかな茶色の髪が風に撫でられ、揺れていた。  半袖のストライプシャツの襟元が大きく開いて、そこから見える鎖骨や首元が色っぽくて綺麗だ。  ワイシャツにデニムという簡素ないでたちなのに、その人はなんだか眩しく見える。  なによりもまっすぐに、こちらを見つめる茶水晶の瞳が、視線を捕らえて離さない。 「宏武!」  名前を呼ばれて、無意識に肩が跳ね上がった。駆け寄ってきた彼が目の前に立つと、身体が逃げ出しそうになる。  けれど右腕を大きな手に掴まれて、それは阻止されてしまう。そらすことのできない強い眼差しに捕まり、心臓がうるさいくらいに鼓動し始めた。 「宏武、よかった」  気づけば自分は彼の腕の中にいた。引き寄せられて逞しい腕に抱きすくめられている。触れ合った場所から熱が伝わる。  それだけのことなのに、心が喜んでいるのを感じた。ためらう気持ちとは裏腹に、腕を伸ばして彼の背中を抱きしめてしまった。

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