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第59話 想い(1)
車の中は終始無言が続いた。誰も一言も話すことなく、どんどんと見慣れた道を過ぎ、マンションへと近づいていく。
もう少しで繋いだこの手を離さなくてはいけない。そう思うと、無意識に手に力を込めてしまう。
「宏武、ついた」
「ああ、うん」
マンションの前に車が止まると、リュウは扉を開けて手を引いてくる。ここでうだうだしていても仕方がない。
その手に引かれるままに車を降りた。けれど離れると思っていた手は離されることなく、繋がれている。
不思議に思いながら彼を見つめれば、車に乗っているフランツとなにか言葉を交わし、ドアを閉めてしまった。
状況が飲み込めずにいる自分をよそに、車はそのまま発進して行った。あとには自分とリュウが残される。
「帰らなくて、いいのか?」
「明日の昼まで自由。だから宏武といる」
訝しげな眼差しを向ける自分に、彼は満面の笑みを返す。そして繋いだ手を引いて、マンションへまっすぐと向かっていく。
一緒に過ごしたのはたったの二週間だが、それでも忘れずに覚えているのか。彼は迷うことなく、エレベーターに乗り三階を押した。
さらにそれを下りると、廊下を進み突き当たりの扉の前で立ち止まる。だが思えば、彼がいなくなってからも二週間か。
もっと長いような気がしていたが、この程度では忘れはしないかと思い直した。
「宏武」
「なに?」
鍵を開けて、部屋に入ると後ろから伸びてきた手に、いきなり引き寄せられる。驚いて振り返れば、顔を近づけてきたリュウに唇を塞がれた。
突然のキスに瞬きすら忘れてしまう。けれど唇を舐めた彼の舌が口内に滑り込むと、きつく目を閉じずにはいられない。
「……んっ」
熱を持った舌が口内をまさぐる。上あごを撫でられ、舌をこすられ、熱が伝染する頃にはあふれた二人分の唾液が、口の端を伝い落ちた。
だがそんなことなど気にとめる余裕はない。いまは自分もリュウも、ひたすらキスに夢中になっていた。
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