60 / 88

第60話 想い(2)

 手にしたパンフレットがバサリと床に落ち、背中が壁に強く押しつけられる。するともっと奥へ深くへと、彼が押し入ってくる。  キスの合間に何度も名前を呼ばれ、そのたびに自分は肩を震わせた。 「会いたかった。宏武に触れたかった。ねぇ、宏武が欲しい」  スラックスのウエストから、シャツとインナーが引き抜かれて、その隙間にリュウの大きな手が忍び込む。  その手に肌を撫でられると、正直な身体はビクリと跳ね上がった。相変わらず少し乱暴なくらいだけれど、この身体は触れられることに喜びを感じている。  覚えているのだ、彼のこの手がどんな風に自分を愛していくのかを。  それと同時に、心には不安も浮かぶ。彼が本当に求めている相手は、自分ではないかもしれないという不安。  愛されている錯覚を、しているだけなんじゃないかと、そう思うほどに胸がキシキシと痛む。  しかし心が繋がっていないほうがいい、そう決めて彼に確認をしなかったのは自分なのだ。だから彼が自分に誰を重ねていても、それをとがめることはできない。 「宏武? なぜ泣くの?」  頭ではしっかりと理解しているのに、胸が痛んで苦しくて仕方がない。心が茨で、がんじがらめにされているかのように、ズキズキと痛む。  愛されていないのだと、そう思えば思うほどに、自分は彼が愛おしくて仕方がないのだと気づく。  この男に愛されたいのだと、「代わり」になるのは嫌なのだと、心が泣き叫んでいる。  無邪気な笑みも優しい手も、まっすぐに見つめるあの瞳も、すべてが欲しい。自分は彼のすべてが欲しいのだ。  どうしてこの気持ちに、気づいてしまったのだろう。なぜ彼に出会ってしまったんだろう。 「好きなんだ、あんたが好きだ。だからもう触れないで」  両手に力を込めて肩を押し離したら、彼は後ろへ一歩下がり、戸惑った表情を浮かべる。  ずるずると力なく、しゃがみ込んだ自分を見つめるリュウは、固まったように動かない。止めどなく涙がこぼれてゆく。

ともだちにシェアしよう!