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第75話 約束(1)
それでもリュウには心が傾いた。傍にいると、あの悪夢も忘れられるほど心穏やかにいられた。
だからあの人の存在を強調するように、白昼夢を見たのだろう。人を死に至らしめてしまったことを忘れるなと、幸せになろうなどと考えてはならないと、教えるために。
「宏武、俺だけを見て! アキと宏武が違うように、その人と俺は全然違う」
「……アキ?」
聞き覚えのない名前に、思わず首を傾げてしまう。そんな自分の反応に、彼は逡巡するような表情を浮かべる。勢いで言葉にしてしまったものを後悔している顔だ。
それでも口を引き結んで、こちらを見つめていたリュウは、デニムの後ろポケットから、パスケースのようなものを取り出した。
身体を起こして、差し出されたそれを受け取ると、そこにはしわしわになってよれた写真が一枚入っていた。
写真には太陽のように眩しい笑顔を浮かべたリュウと、朗らかな明るい笑みを浮かべた少年のような子が、肩を並べて写っている。
これがリュウの恋人――アキと呼ばれた子だろうか。真っ黒な瞳と、肩先まで伸びた艶やかな黒髪。
なんとなく自分に似た顔立ちをしているようにも見えるけれど、自分はこんな風に穏やかな優しい表情は、浮かべられない。
二人を見ているとまた胸が軋んだ。見れば見るほど、幸せそうな二人だと思った。
写真を見ただけでも、その仲がわかるくらいに信頼し合い、愛し合う二人――この写真がこんなにしわしわなのは、雨に濡れたせいか。
この写真をなくして、彼は雨の中を探し歩いていたのだろうか。それほどまでに大切な人なんだ。
「見た目、ちょっとだけ似てるかもしれない。けど宏武とアキは全然違う。宏武だから好きなんだ」
「似ているからついてきたんだ」
「それは! それはただのきっかけだ。宏武の傍にいて、宏武の可愛くて優しいとこが愛しいなって思った。すごく脆くて弱いところ、それを知って傍にいたいって思った。だから好きになった。宏武だから愛してるんだよ、信じて!」
腕を伸ばして、目の前にある身体を抱き寄せるリュウは、縋りつくように必死だ。本当に彼はいま、自分を想っているのか。
自分は彼の恋人の「代わり」では、ないのだろうか。胸の中に微かな期待が湧いてきそうになる。
だがまだ恋人の影を、追いかけているんじゃないのかと、そう疑り深くなる自分もいた。
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