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第76話 約束(2)

「宏武、アキはもういない。いまの俺の言葉だけ信じて」 「でもリュウは、まだアキを忘れてないんだろう?」  投げかけた言葉に彼は息を飲み込み、目を見開いた。戸惑うような瞳に、やはり彼が追いかけてるのは、自分ではないのだと感じる。  こうしてまだ写真を持ち歩いているくらいだ。まだ愛しているに違いない。  もういないから、愛せなくなってしまったから「代わり」で、心を埋めようとしているんじゃないのか。 「……忘れてない。アキは、俺のことを置いていってしまったから」 「置いて、いった? どうして彼は、死んでしまったんだ?」  目を伏せたリュウの顔に、どこかもの悲しい影を感じて、思わず問いかけてしまった。自分の問いかけに、彼はなにかを堪えるように唇を噛む。  まるで大きなものを飲み込むみたいな、苦しそうな顔だ。  それをじっと見つめていると、絞り出すような声で、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。 「アキはアパートメントの窓から、飛び降りて死んだ。少し前までいつもと同じ顔で、笑っていてくれたのに、なにも言わずにいなくなった。愛してるって言ったら、嬉しそうに頷いてくれたのに」  感情を押し殺すかのように顔を強ばらせて、唇を震わせながら彼は瞳を潤ませた。  そこにはなぜ? と言う感情よりも、後悔が浮かんで見える。  終わらせなくちゃいけない運命なんだ――そう呟いた彼を思い出す。  いままであれは、リュウの感情なんだろうと思っていた。だが本当は恋人が残した想い、だったんじゃないだろうか。  すべてを捨てなきゃいけないと、そう思ったのは、アキのほうだった。 「……どうして彼がいなくなったのか、わかっているんじゃないのか?」  自分が投げた問いかけに、リュウはいまにも泣き出しそうに顔を歪めた。 「俺が、アキを愛してしまったから、アキはマモンにひどい仕打ちを受けていた。でも俺は、なにもしてあげられなかった。守ってあげられなかった」  もしかしたら自分とリュウは、同じものを抱えているのかもしれない。愛する人のすべてを受け止めたい――そう思いながらも、自分の想いに相手が苦しむ姿を見てきた。  愛おしいという感情はふくれ上がるけれど、その愛では心さえ救ってあげられない。  大切な人をその手で守ることができなくて、自分自身すらもがき苦しんでいる。

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