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第78話 約束(4)
「宏武、お願い。いまだけを見て」
「わかってる。いつまでも過去に囚われ続けるのがよくないことだって」
「ちゃんと俺の目を見て」
「けど、自分はあんたの恋人みたいに、一緒に飛び回ることはできない。ずっと一緒にはいられない」
過去と決別をして、リュウだけを見て、彼だけを追いかける。それはどれほど幸せだろうかと思う。だがいくら考えても、いまの自分には一緒に飛び立てる翼はない。
夢を分かち合い、ともに歩くことはできないのだ。
自分と彼は生きていく世界が違う。
まっすぐに彼を愛せないもう一つの理由は、傍にいられない。それがわかっているからだ。
彼が離れているあいだに、気持ちが移ろいでしまうのではないかと不安で堪らない。これから先の未来、彼に愛されている自信がないのだ。
「時間が欲しい」
「……時間があれば、俺のこと信じる?」
「わからない。わからないけど、いまはまだ受け止められないんだ」
気持ちの整理がまだつかない。リュウの心に恋人がいると思うだけで、胸が苦しくなってしまう。時間が経って彼の中にいる恋人の影が薄れたら、この苦しみも消えていくかもしれない。
だがそれよりも自分は、心にある闇を払拭しなくてはいけない。あの人の影が、自分の心の影がつきまとう限り、まっすぐにリュウと愛し合うことはできない気がする。
いまのままでは過去に囚われて、怯えるばかりだ。
しかし答えがわかっていても、まだ心は揺れ動く。本当に心を癒やしたら、あの記憶から抜け出して、後悔の念を断ち切ることができるだろうか。
そうしたら少しは素直に、心にある感情を受け入れて、リュウのことを信じられる日が来るのか。
「待つよ。宏武がその人のことを忘れるまで待ってる」
「離れて会えないあいだも、好きでいてくれるのか?」
「うん、好きだよ。ずっと宏武を好きでいる」
自分を抱きしめる腕が力強くて、思わず両手を伸ばして、彼の背中に抱きついてしまう。指先に力を込め、しがみつくように背中を抱き寄せた。
彼は首筋にすり寄り、頬に口づけ、まるで甘えているかのようだ。けれど確かなそのぬくもりを感じて、自分の心が安堵しているがわかる。
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