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第79話 約束(5)

「宏武、キスしていい?」  ふいに真剣な目をして、リュウはこちらを見つめた。いままで何度も口づけてきたのに、今更なぜそんなことを聞くのだろうと訝しく思う。  けれど彼の言葉に、自分は素直にゆっくりとまぶたを閉じた。するとふわりと優しく唇にぬくもりが触れる。  ついばむような口づけは、なんだかとても甘くて、触れるほどにリュウが恋しくなった。  あと少しで離れなくてはならないのだから、いまのうちにもっと心に刻みつけておかなければと思ってしまう。  閉じていた目をゆるりと開けば、まっすぐな瞳が目の前にあった。視線が合うと、ついばむだけだった口づけに熱がこもる。  彼の舌先が唇を撫でるたびに、甘さが広がっていく気がした。 「宏武、忘れないでね」 「忘れないよ。忘れられない」  こんなにも心を揺さぶる人を、忘れることなんてできやしないだろう。それよりもこれから先、離れていられるのか不安になる。  彼がいなくなった時間を、自分は一人で過ごしていけるのだろうか。大きな穴が空いてしまうんじゃないかと、心許ない気持ちになる。 「宏武、好きだよ」  揺れる心の内を見透かしたのか、リュウはなだめるみたいに、髪を優しく梳いて撫でてくれた。 「リュウ、もう一度キスして」  髪を撫でる手に、自分の手のひらを重ねて、綺麗な茶水晶の瞳を見つめた。彼は嬉しそうに微笑むと、そっと唇を重ね合わせてくれる。  優しい口づけが胸に染み渡るようで、なんだか少し気持ちが落ち着いた。  これからの時間は、乗り越えていかなければならないことがたくさんある。自分と向き合って、一つずつ答えを出していかなければ、不安や恐れは消えないだろう。  自分は早く彼の気持ちに応えられるよう、しがらみから抜け出さなくてはいけない。  寂しがっている場合ではないのだ。 「リュウ、いまはこれでさよならだけど、また会える時まであんたのことは忘れない」  再びキスを交わしたら、部屋の中にインターフォンの音が響き渡った。二人の時間はここでおしまいだ。けれど終末しか訪れないと思っていた未来には、小さな希望が見えた気がする。

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