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第80話 リスタート(1)
朝から雨がしとしと降っている。
低気圧の影響は、今日も身体を重苦しくさせる。それでも以前ほど、雨の日が嫌いではなくなった。
蒸すような湿気や、服が肌にまとわりつく感触はいまだに苦手だけれど、恨みがましく文句を呟くことは少なくなったと思う。
さらには雨音を聞いて、夢を見ることがなくなった。
いまは身体に載せられていた重しが、外れたかのように心が軽くなった気がする。
あの人の影も自分の影も、ほとんど消えかけていた。あともう少し時間が経てば、もっと気持ちも穏やかになれそうだ。
そうしたら彼にも、迷わず会えるだろうか。胸にずっと残る彼の存在もまた、心の穏やかさを取り戻す支えになっている。
「もう月に一度くらいにしても、いいかもしれませんね」
心地よいリラクゼーション音楽が流れる中、おっとりとした優しい声が響く。
その声に自分は、少し目を伏せて考えてから「そうですね」と相槌を打った。
静かな時間が流れるこの場所は、週に一度訪れるカウンセリングルームだ。
六畳ほどのクッションフロアの洋室は、優しいクリーム色をした壁紙で、木目調の家具と相まって、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
部屋の中には、室内を柔らかな色に染める間接照明や、オーディオを乗せたオープンラック、重厚な天板を持つ大きな机。その机を挟んで置かれた、ソファなどがある。
壁面の二面が大きな窓になっているため、外は薄曇りでもブラインドから差し込む光は明るい。
広々として、ゆったりとできるこの場所は、部屋の主の雰囲気もあってかとても落ち着く。
自分が座っているソファの向かい側で、同じようにソファに座り、穏やかな笑みを浮かべている女性がいる。
彼女は栗色の長い髪を後ろで結わえ、控えめな淡いピンク色をした口紅をつけていた。カルテをめくる指の先は、艶やかなベージュ色だ。
歳はおそらく自分より上だろうと思う。三十半ばから後半くらいの印象だ。
それでもすっきりとした目鼻立ちはとても若々しく見えるので、人によってはもっと若く見えるのかもしれない。
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