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 またも始まったくだらないやり取りを前に固まっている若者へ、逸也は箸を握らせた。 「ほんとに味は自信あるから、食ってみ」  若者の喉がごくりと鳴ったのを見て、逸也は惣菜の乗った皿を前へと押し出した。男前メンチに箸が伸びる。サクリと音をたててひとくち目が口の中へ消えたあと、ふたくち目に大きくかじりつく若者に、逸也は心の中でガッツポーズした。 「美味しいです、すごく」 「だろ」  腕を組んでにんまりとする逸也の前で、並んだ皿が次々とカラになっていく。まずい料理に箸は進まぬだろうから嬉しいことには違いない。違いないけど、もっと味わって食えよ。 「イチー、俺もなんか食いたい。さっきおでん煮てただろー。あれ食いたい」  悦に入ってた逸也は巧の言葉で眉間にシワを寄せた。 「お前はさっき食っただろが。おでんは明日の商品だからダメッ」 「えー、おでん食いたい。な、にいちゃんも食いたいだろ? 出汁がうまいんだ、イチのおでんは」

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