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キリがない巧とのやり取りを無視して若者へ目を向ければ、食べかけの大根を前に、固く口元を強ばらせてなにかに耐えている。
「おい、にいちゃん、どうした? 喉になんか詰まらせたかっ?」
「いえ、すみません」
左こぶしでぐいっと目元を拭うと大根を口に入れた。けれどもかみ締めるたびにこらえきれない雫が、産毛すらないような頬を滑るように伝っていく。泣きながら完食した若者は、座卓から一歩さがって深く頭をさげた。
「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです。それからすみませんでした。ご迷惑をおかけしたのにこんなに親切にしていただいて、でも俺……あの」
「なぁ、にいちゃん。俺は時田逸也。ここの店主だ。親父が亡くなってさ、この店を継いだんだけどまだまだひよっこみたいなもんでさ。だからにいちゃんがウチの惣菜を旨そうに食ってくれてすげぇ嬉しいわけよ。店のほうは、まぁ多少風通しが良くなっちまったけど営業できねぇわけじゃないから心配すんな」
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