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 ガラス代金は結局いくらだったのか、具体的な金額は知らせてもらえなかった。何日働けば返せるのか見当もつかない。 「包丁握ったの、久しぶりだったな」  前に働いていた洋食店を思い出して、懐かしさと申し訳なさで涙が出そうだった。小さな店だが味はよく、いつもお客さんでいっぱいで。下ごしらえがメインの仕事だった日向だが、自分が携わった料理が笑顔を呼ぶ場面を見るたびに、誇らしくて嬉しくて、ようやく自分の居場所を見つけられたと思ったものだった。  育った施設が悪い環境だったとは思っていない。けれども「普通」じゃないことは、物心がついた頃からうっすらと感じていた。  おうちにはお父さんとお母さんがいて、ごはんはお母さんが作るもので、お父さんは会社でお仕事をする。お休みの日には車に乗ってお買い物をしたり動物園に行ったりするし、夏休みにはおばあちゃんのおうちに泊まりにいく。  そういう暮らしかたが「普通」だと知っても、ひとつもピンとこなかった。

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