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「おはよう。……つうか、もう夕方だぜ」  振り向いた逸也が近づいてきた。そこは見知らぬ台所じゃなくて、店の調理場だった。ああそうか、賑やかな昼食から帰ってきて、仕込みをする逸也を手伝おうとしたら断られて。包丁を使う逸也を眺めているうちに寝てしまったらしい。  やっぱり夢を見ていたんだ。あるはずのない台所の景色と呼んでも振り向かなかった母親の顔。  仰向けにごろりと体を返せば、昼寝用の毛布がかけられている。上がりがまちに腰かけて見下ろしてくる逸也と目があった。 「どした?」  夢と繋がっているようで少し不思議な気持ちになる。でも逸也は振り向いた。日向が声をかけなくても。 「なんだよ、デコに寝汗かいてんぞ。子供みたいだな」  日向の額に手を置いて、前髪をクシャクシャかき回しながら笑う逸也に胸がキュッとなる。好きだ。この人が。 「子供じゃないし」  ふいに降ってくる、くっきりとした輪郭を持った逸也への気持ちが恥ずかしくて、プイッと大きな手を払った。我ながら素っ気ない態度だと落ち込むくせに。

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