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 背中を丸めてうつむく逸也の頬に、アヤカは美しいネイルが飾られた指先をあてて何かささやいている。次の瞬間、逸也の肩を抱くようにハグをした。 「……っ!」  慌てて後ろ手にカーテンを閉めた。冷たく縮む心臓と、背中を濡らす嫌な汗。 「ただいま。遅くなって悪かったな」  気づかぬうちに逸也が階段を上がってきていた。やわらかく笑んでいるが顔色はよくない。  心の中を知られないように急いで後ろを向いた。ヤカンに水を入れて火にかける。逸也は定位置にどさりと腰を下ろしてしばらくぼんやりしたあと、ぼそりと言った。 「塚田のばあちゃんさ、亡くなった」 「え?」 「病院ついて四十分後。くも膜下だって。家族が来るまでついてたからさ、遅くなっちまって。ごめんな」  両頬をゴシゴシとこすって顔を覆ったまま、指の隙間からこぼれたのは苦い声だった。 「俺がもっと早く行ってやってれば助かったかもしんない」 「イチさん……」  うなだれる逸也の前で、日向はゆっくりと膝を折った。顔を覆う手をそっとどけると、すがるような赤い目がある。

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