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 幸恵親子が帰ったあと、店は夕食準備の主婦たちで賑わい始める。その頃には逸也が配達から帰ってきて、トキタの一番忙しい時間帯に突入した。  次々と揚げ物を揚げながらキビキビ接客する逸也にうっかり見惚れそうになり、合間にふたりだけがわかる視線の絡み合いがあったり、客の途絶えた隙間にそっと尻を撫でられたり。間違いなくバカップルだと日向は頬が緩んでしまう。  上々な売れ行きに今夜も閉店時間より早く完売しそうで、満ち足りた気持ちに揺られながら日向は早々に調理場の片付けへ取りかかった。 「いらっしゃい」  フライヤーの油を落としながら壁の油汚れを拭いていると、客の来店を知らせるチャイムの音がした。チラリと上げた目の端に紺色のスーツが映る。仕事帰りのサラリーマンかと、手を動かしたままの日向だったが。 「夜分にすみません。わたくしベストライフセキュリティの高見沢と申します」  耳へと飛び込んできた声に、ステンレスを磨いていた手がギクリと止まった。

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