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「このたびこのあけぼの市の営業担当となりまして、ご挨拶かたがた商店街にお邪魔しているのですが」
逸也の背中越しに覗く顔は爽やかな営業マンだった。昼間、勝田さんたちが話していた人物がまさかビンゴだったとは。雑巾を握りしめた日向の手のひらに、嫌な汗がじんわりと滲んできた。
「この商店街は防犯カメラの設置がないのですね。これは大変危険な状態だなぁと。弊社の製品云々の前に、住民の皆さんの防犯意識が薄いことがとても心配になりまして」
立て板に水。そうだった、この人は。心にもないことを平気で言えるし平気でできる人だった。汗をかいた手のひらからゾワゾワと身体中に粟粒が広がった。
二度と会いたくなくてこの町に逃げてきたのに。そうだ、逃げなくては。
高見沢に気づかれる前にそっと調理場から出ようと足を踏み出したとたん、よろけてつまずいた。洗って伏せてあったステンレスのボウルがガランガランと床に落ちる。
「日向、どうした? 大丈夫か?」
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