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「あ……、ああ、おう」  一瞬で酔いが冷めたような親父さんの態度に次の言葉が出ないでいると、マイクを差し出したあかねに向かって「お勘定して」と言いながら出口へ向かってしまう。なにか気にさわるようなことでも言っただろうか。いや、ただ挨拶しただけだし。  疑問を一緒に飲み込むようにナポリタンを口へ運んでいると、見送りに出たアヤカが険しい顔で戻ってきた。だが美しいメイクの上に乗った不穏さは、刷毛で払われたように一瞬で消えて、そこからはいつも通りのアヤカだった。 「ねぇ、そういえばさ、こないだホームセキュリティの営業マンが来たんだけど、ヒナちゃんの知り合いなんですって? いい男だったわぁ」  高見沢のことといい、消化不良なアレコレを抱えて食欲はまた失せていた。あかねたちの軽口へ適当に相づちをうちながら機械的に咀嚼し、ああもう腹が限界だと思ったところで入口からざわざわと賑やかな団体が現れた。  魚屋に八百屋にクリーニング屋、床屋と金物屋の親父さんたち。巧の父で吉岡酒店の親父さんの後ろから、すらりとした長身の頭が見えて日向の心がコトンと跳ねた。

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