144 / 191
12―3
そっと居間の扉を開けて、暗い階下を恐る恐る見下ろすと「ぶみゃあ」という鳴き声のあとにカリカリカリ……となにかを引っ掻く音がする。
「なんだ……お隣のトラか」
日向のほっとした声が聞こえたかのようなタイミングで薬局の飼い猫がもう一度「ぶみゃん」と鳴くと、カラカラとサッシの開く音がした。空き巣騒ぎからどこの家も戸締まりを強化していて、トラの出入口だった風呂場の窓もピッチリと閉められていたらしい。
トラが無事に帰還した気配に安心して日向はソファの定位置へ戻ったけれど、思考はまた、いつもと違う逸也へ流れていく。
「イチさん、早く帰ってこないかな」
逸也がいつもしているように、ソファにコロリと体を横たえて目を閉じた。ぐるぐると思考の海を漂ううちにいつの間にか眠ってしまったらしい。揺り起こされてハッと身を起こせば、待ち人が天井の照明を背に見下ろしている。
「あ、おかえりなさい」
「こんなとこで寝るなよ。風邪ひくぞ」
ともだちにシェアしよう!