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「そんじゃ行ってくるな」
店のシャッターをおろした逸也が、仕事着にしているティーシャツをスポンと脱いでボルドーカラーのシャツをふわりと羽織った。少しうつむいてボタンをとめる横顔を、豊かな黒髪がハラリと撫でる。その短い一連の動作が、まるでアパレルのテレビコマーシャルのように美しくて。
「イチさん」
こんなふうに呼び止めたら、決心が鈍ってしまうのに。見つめたら、触れたら、離れられなくなってしまうのに。
「ん? どした?」
こちらに向いた表情に、ここのところ定番の険しさが消えて、まるで鎧を脱いだみたいに精悍で甘くて優しい、いつもの逸也の顔だなんてずるい。
胸に飛び込むと、驚いたような気配が伝わってきた。困らせてる。でも。
「ごめんね。……ごめん、なさい」
「なんだよー。急にどうしたよ?」
厚くて強靭であたたかい逸也の胸に右頬をこすり付け、それから鼻先を鎖骨に埋めて深く息をすった。泣いちゃいけない。
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