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この状態で「生まない」なんて無理に決まってたが、襲ってくる陣痛のなかで懇願する幸恵の姿は鬼気迫るものがあり、半ば無理やり分娩室へ連れ込まれた日向が心配だった。けれど幸恵には考えがあって、それはきっと日向にとって悪いことではないと逸也は思っている。
「大丈夫さ、きっと」
そのとき、分娩室から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「生まれたっ」
三人同時に立ちあがり、誰からともなく手を取り合った。看護師が顔を出し、新しい命の声をBGMに元気な女の子だと知らせてくれる。あかねはすでに赤ん坊に負けないほどの泣きっぷりで、普段はクールなアヤカも涙ぐんでいた。なんて幸せな瞬間。逸也も世界中の誰彼と握手したい気持ちだった。だから。
看護師と入れ替わりに出てきた真っ赤な泣き顔の日向を見て、有無を言わさず抱き締めた。いったい今日はどれだけ泣いたんだろうというほど目を腫らした日向が、「俺、生まれてきてよかった」と溢した言葉に逸也の目頭も熱くなる。
どんな事情があったにせよ、我が子を手離した母親に罪がないわけではない。けれど、その母親がいたから今こうしてここにいるということを実感している日向を、一生かけて幸せにしたいと思う。血が繋がっていても法的な制度の元に結ばれたとしても、壊れるものは壊れるし、逆にそんなものがなくたって作れる絆は必ずあるから。
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