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「名前、呼んで」
「宗ちゃん」
「もっと」
「うん、宗ちゃん、大丈夫やで」
ある日、宗ちゃんの様子がおかしくなった。
朝ご飯を食べてすぐ、表情を曇らせて俺に抱きついてきたかと思えば「名前を呼んで」と繰り返す。
「宗ちゃん、宗一郎、何か嫌なことでもあったん?」
「…どうしたらいい、これ、何」
「どれ?」
俺を抱きしめる力が強くなって「これ」と何度も言うけど、一向に"これ"がどれなのかを教えてはくれない。
「よしよし、痛くはない?苦しくは?」
「ない。でも、これが」
「これ、ねぇ」
宗ちゃんの腕を無理矢理離して、目の前に座ると少し寂しそうな、欲しい物を欲しいって口に出せない子供みたいな、不安そうな顔で俺を見る。
なんか、赤ちゃん返りしてるみたい。
「宗ちゃん、思ってる事言ってみて」
「…言ったら、怒るくせに」
「怒らんよ、なーんも怒らん。やから俺に教えて」
ああこれ、完全な赤ちゃん返りや。
赤ちゃん返りって、何で起きるんやっけ?後で調べてみよう。
「もっと、俺のこと見て」
「うん」
「他のこと、しないで」
「うん」
「名前、呼んで」
宗ちゃんの目が涙で濡れる。
目から零れた涙が頬を伝って宗ちゃんの手の甲に落ちた。
「大丈夫、ちゃんと宗ちゃんの事見てるから」
そう言って宗ちゃんの唇にキスすれば、目を細めて笑った。安心してるみたい。
その後、宗ちゃんのパソコンを使って赤ちゃん返りについて調べてみた。そうしてる間も俺を背中から抱き覚めて離してくれへん宗ちゃん。
「子供の頃のトラウマ…ストレス…」
「なあ、好きって言って」
「うん、好きやで、大好き」
振り返ってキスすれば、また嬉しそうに目を細める。
宗ちゃんの過去に何があったかなんて知らへんけど、宗ちゃんの親が極道やったから、小さい時に仕事で忙しくてあんまり宗ちゃんを見てあげてなかったって言う可能性は普通に考えて、有る。
もし、そうやったなら、何となく俺と似てる気がした。
金や世間体しか興味なかった親やったから、俺自身の本当の部分をわかってくれへんかった。
やから、なんやろう、普段はああやって強気で堂々としてる宗ちゃんが、こうなるくらい我慢してるのなら、助けてあげたいって思ってしまう。
「宗ちゃん、眠たいん?」
「…ん」
欠伸をした宗ちゃんをベッドに連れて行って寝転ばせる。俺も隣に寝転んでトントンとお腹あたりを撫でてると、すぐに眠りに落ちる宗ちゃん。
「どうしたらええんかなぁ」
その後俺はベッドを抜け出し、またパソコンを睨めつけていた。
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