222 / 437
私服と秘密
バサバサッと服が乱雑に置かれる。それを見た遼介は眉を顰めた。
「少ない、ね」
「そうですか?」
部屋に戻ってきた鼓は思い出したと言わんばかりに遼介を部屋に連れてきて、「俺服選ぶの苦手なんで、先輩に選んで欲しいんです」と言った。
苦手なところがあると聞き、鼓にも人間らしいところがあるのだと安心したことは、遼介はあえて言わずにいた。
そうして鼓は服を出てきた訳だが…
服の数が、少ないのだ。
「ん〜…確かに、これは難しいね」
「昔から出不精だったので、部屋着は多いんですけど…」
「これとか可愛いよ?」
差し出されたのは羊のくるくるした角がついたパーカー。というより、何故そんなものがある?
「それは部屋着です」
「今度着て、絶対可愛い」
(絶対しない、確実に襲われるし)
鼓は微笑むだけにした。
服自体が少ないので、デートの時についでに買うことにして。
選ばれたのは無難に、スキニーパンツと白シャツ、シャツチェスターコートである。
「ありがとうございます」
「お礼はキスでいいよ」
遼介は顔を寄せるが、手で押し返され拒絶される。懲りずに反対側から攻めるもプイとそっぽを向かれ諦めた。
「さて、夜ご飯の用意しますね」
「せめて名前で、」
「遼介、今日はなにがいい?」
「なんか流されてる感じがするのはなんでだろう……?俺シチューかポトフ食べたい」
それは冷蔵庫と要相談ですわねと鼓は部屋から出た。
「…ごめんねつーくん」
遼介がクローゼットの中身を見ていることを知らずに。
クローゼットの奥、収納ケースの裏側に黒いケースがあった。見る者が見れば、それがどれだけのブランド物なのかが分かる。
隠されたそれを音を立てぬように取り出し、重さにやはりと思う。
(これ、バイオリンだ)
箱を開け遼介は戸惑った。
(しかも…イタリア製の1200万は超える…、フルオーダーメイド品。下手したら2000万は余裕で超える)
チラリと鼓が出ていった扉を見遣る。
(つーくんは自分は一般人だと言ってたけど、こんなの、普通の人が早々買えるものじゃない)
そっと持ち上げ裏を見るとしっかり鼓の名前が刻まれており、持ち主がわかる。
だが、苗字の部分は削られていた。
(Tsuzumi Or………?だめだ、読めない。でも、どう考えてもおかしい。鼓の苗字はSuzukawaのはず、なんでOrが…?)
「せんぱーい、なにしてるんですかー?」
声をかけられ慎重に、しかし素早くバイオリンを片付ける。
(今は、声をかけるべきじゃないな)
「すぐ行くよ」
バイオリンは元の位置に戻された。
ともだちにシェアしよう!