349 / 435

おかえりなさい、怒らないで 2

鼓は激しく動揺し、椅子から勢いよく立ち上がった。椅子はバランスを崩し大きな音を立てながら床に倒れる。鼓はそれがスローモーションに見えていた。 「りょ、すけ…なんで、」 震える両手を、同じく震える口唇へ持っていく。鼓の手に荒い呼吸が伝わってくる。 遼介は答えることなく鼓を見つめている。 その無表情さから鼓は今の話が聞かれていたことを悟った。 (どうしよう、どうしようどうしようどうしよう、) 怒っているのは明確だ。理由も明瞭。 (こわい) 何も喋らない遼介がこんなにも恐ろしいとは。 本当に別れたいなら、この場でおどおどせず堂々とできただろう。しかし鼓の心には迷いがあった。だからこそ今の話を聞かれて怒られることに怯えている。別れたいと思うなだけに…。 「鼓」 もう一度名前を呼ばれ鼓は肩を跳ね上がらせた。いつもなら甘い声で自分を呼んでくれるのに、今は酷く冷たい声だった。 「いまの話、なに」 「っ、」 恐怖に耐えかねた鼓は脱兎の如く逃げ出した。だけれども彼は椅子が倒れていたことを忘れていた。振り向きざまに足を取られドタンと痛そうな音を出して転倒する。 すかさず、遼介は松葉杖を邪魔だと言わんばかりに放り出し鼓に覆い被さった。腕を一括りにし頭の上で床に縫い付ける。鼓が顔を背けようとしたのでもう片方の手で顎を掴み固定する。 「や、っ」 「逃げるな」 足をばたつかせるも、体格差でどうしても負けてしまう。視線を無理やり合わせられ、体が硬直する。こわい、こわい、……。 すると開きっぱなしのドアから詩帆、隆盛が顔を出した。 「なにごと?!」 知らない人物が正座し、鼓が遼介に押し倒されている光景に詩帆は目を見開いた。 「そいつ、とりあえず連れてって」 後ろを振り向くことなく遼介はそう言う。そいつとは、正座している彼のことに違いない。彼も困惑していて「え、氷川…氷川、だ。病院にいるはずじゃ…」と困惑気味に呟いている。 それは鼓も思っていた。これは幻覚ではないのかと。それにしては倒れた痛みはリアルだし、怒った遼介の表情もリアルだ。 誰この子?!と戸惑う詩帆に遼介は理由を言わず早くしろとだけ言う。 「いまから鼓と話し合いするから」 「え、…」 「早く」 ただ事ではないと察したのか、隆盛が彼を立たせ詩帆は恐る恐るドアを閉める。それを見た鼓は慌てて掴んでいる腕を振り払って手を伸ばしたが、再び腕を絡め取られてしまった。 「野沢せんぱい、たすけ「なに俺以外のひとに助け求めてるの鼓」ひっ、」 助けを求めようとしても、遼介はそれを許さなかった。鼓は怯えた声を出し泣きそうな悲鳴をあげる。 ドアはそっと閉じられた。

ともだちにシェアしよう!