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夏休み 6
遼介は部屋までの帰り道が長く感じられた。それは鼓もらしく、いつもの癖で裾を摘んできていた。最近は近くに寄らなかったから久々に見た癖だった。
気まずくエレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。
「…お昼、何食べたいですか」
そう鼓が聞いた。会話がないのが辛かったらしい。
「エビとアボカドのサンドイッチ」
「遼介アボカド好きですね」
「うん、そのままだと味はしないけど何かに入れるとすごく美味しい」
「…今度わさび醤油で鮪の味体験してみます?」
「い、いや、さすがにちょっと遠慮する」
クスクスと鼓が笑う。それを見て遼介を笑った。柔和な空気が流れ始めた時、軽快な音を立ててエレベーターが最上階に着いた。
部屋をカードキーで開けてリビングに入る。その頃には鼓の心臓は張り裂けそうなほど早鐘を打っていた。
(だ、だいじょうぶ、大丈夫!怒られるのは想定内!…想定内でも、怒られるのはやだ)
早くも自分の部屋に逃げ出したいのを我慢して、鼓は椅子に座った。対面に遼介も座る。
「それで、話って」
「はい、あの、………………先にエビアボカドサンド食べませんか」
「気になって味がしないから先に聞きたいな」
「う…」
「それに今の鼓は集中出来ないんじゃない?」
痛いところを突かれて口を閉じる。全くもってその通りだ、鼓はひとつのことが気になると他のことが疎かになってしまう短所があるのだ。今サンドイッチを作ろうものなら怪我をするに違いなかった。
「…つーくん、大丈夫だから話して」
テーブルの上に置かれた鼓の手に遼介は自分の手を重ねた。緊張しているのか、汗ばんでいる。
「……俺、家が、嫌いで」
「うん」
話し始めた鼓は震えていた。遼介は家の話をするだけでこんな…俺が急かしたからなのに、と心苦しく思い指を絡めた。少しでも安心してくれるように、あとごめん、と。
「でも急に今日帰ってこいって言われたんです。嫌だって言ったら、自分は家に帰れそうにないから気にせず帰って来いって言われて。むしろ明後日帰ると自分がいるからって言われて…それなら帰ろうかなって思って……」
「……聞いていいのかな」
「…………」
無言を肯定と受け取った遼介は言い方も考えながら質問をした。
「帰って来いって言ったのは…誰?」
「……ちち、おや」
遼介は眉を顰めた。この間は居ないと言っていたはずだ。そんな思いを感じとったのか、鼓はあの時は…と弁明する。
「両親居ないって、言ったけど…実はちゃんと居て、ただ俺の中では死んだようなもので。大嫌いだから。家が嫌いなんじゃない、父親のいるあの場所が大嫌いなだけなんです」
「…お母さんは?」
「あの人は一緒にいません」
あの人、という辺り本当に親と思っていないようだった。遼介はなんと言えばいいかわからずそうなんだ、と当たり障りのない答えしかできなかった。
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