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涼川 鼓 4
オーケストラの中には俺をそういう目で見てくる人もいた。でも大多数は普通に接してくれるから特に気にしていなかった。
母さんは問題視していたみたいだけど…。
時折母さんがオーケストラの人達と言い争う声は聞いていた。鼓に手を出さないで、出す気なんてない、いやらしい目で見てる、それは自意識過剰だ…。
楽屋を通りがかった時にそんな話が耳に入って、じゃあお前が相手しろなんて聞こえた時には子供ながらに大事だと察して部屋に飛び込んだ。
押し倒された母さんを見て、俺は…そいつの股間を後ろから蹴り上げた。
叫ぶ男、呆然とする母。蹲る男に俺は頭突きをかました。
「ぐおおおお…!」
頭を抑えて転げ回る男に再度足を振り上げながら俺は叫ぶ。
「お母さんを虐めるなら潰す!」
「こっわ!!ごめんなさいごめんなさい!」
ひいひい言って男は逃げて行った。5歳にしてはやることえげつないと思う。うん。
未だに呆然としている母さんに駆け寄ると、髪が乱れ震えていた。
「お母さん」
「鼓…」
抱きしめる腕は力強く怖かったんだと分かる。
「お母さん、大丈夫だよ僕いるよ」
「……ありがとう、鼓」
母さんがいつもしてくれるように、俺も母さんの頭を撫でた。
隠れてだけど、母さんは俺を色んなところに連れて行ってくれた。遊園地に水族館に動物園、絶景ポイントやご飯所、コンサートにも連れ出してくれた。
わざわざ子供が喜ぶところなんかを調べて、普段外に出れない俺を気遣って…。
もちろんヴァイオリンのレッスンにも励んだ。母さんが俺を喜ばせようとするのと同じように、俺も母さんを喜ばせたかったんだ。
でも俺はある時、聞いてはいけない質問をしてしまった。
深夜にふと起きると、隣に母さんがいなかった。どこに行ったんだろうと探すと、普段テレビは見ない母さんが珍しくリビングでテレビを見ていて。そこには子供と、父親と母親が映っていた。遊園地か何かのCMだった気がする。子供は両親と手を繋ぎ楽しげに笑っていた。
買い与えられた絵本にも、お父さんという存在がいた。
俺には、いなかった。責める気なんて全くなく、ただただ不思議で聞いてしまったんだ。
母さんは、これを恐れてテレビをあまり付けなかったのかもしれない。
「お母さん、どうして僕にはお父さんがいないの?」
「……鼓、起きてしまったの?」
振り返った母さんは寂しそうな顔でそう言う。近寄るとそのまま抱かれ膝に乗せられた。
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