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涼川 鼓 8

時折お世話になっていたオーケストラの人が来ては母さんを諭そうとしていたけど、母さんは決して首を縦に振ろうとはしなかった。 その中には俺をそういう目で見てきた人や母さんを代わりにしようとした人もいた。そういう人が来ると母さんはより一層俺を雁字搦めにして部屋に隠す。 出てきちゃだめよと言いながら母さんは俺の足に枷をした。わざわざ部屋の柱に穴を開けて鎖をつけれるようにして……。 時折口にガムテープが巻かれ手もロープで縛られることもあった。部屋の窓には鉄格子が敷かれて窓も開けれないように南京錠がかけられた。 「大丈夫よ鼓。あなたはお母さんが守ってあげるわ。大好きよ」 6歳になる頃にはそれにも慣れて抵抗も口答えもせず、ただただ人形のようになっていた。生活能力は全くない、ただヴァイオリンを弾くだけの人形だった。 たとえ逃げ出せる隙ができても、俺は母さんのそばから離れることはしなかった。 たとえば母さんと仲良かったヴァイオリニストの人が俺を見つけた時。 その時俺は2階の部屋で枷をつけられ眠っていた。数時間前に母さんが知り合いが来るからと閉じ込められたから。 目が覚めた理由は怒鳴り声と階段を駆け上る音のせい。それは徐々に俺の部屋の方に近づいてきて部屋の前で止まった。ついで扉を叩く音と俺の名前を呼ぶ声。 普通に仲良かった人だから警戒を解いていたのか、ガムテープも手錠もなく足枷だけ。そんな状態でも俺は声を出すことはしなかった。そんなことをすればどうなるかわかっていたから。 お願い返事をして、と言う声がガチャガチャと部屋の鍵をいじる音と共に扉の向こうから聞こえる。 母さんはずっと下の階から何かを叫んでいた。もしかしたらもう1人誰かがいて母さんを押さえつけているのかもしれない。俺、話して良いのかな。 「鼓くん!」 「……はい」 ドアに近づいて声を出すとドアの前にいた人がいるのねと声高に言う。鎖はそこまで長くないから、片足が引っ張られて少し痛い。 「鼓くん今出してあげるから!」 女の人が大声で言って、俺は見えもしないのに頭を振った。 「出ない」 どうしてとたじろぐ声。 「僕、お母さんが好きだから出ない」 「鼓!!」 追いついたのか母さんの声も扉の向こうから聞こえた。声には焦りが混じっている。 「鼓はお母さんを追いて出ていかないわよね?そうよね?!」 「いかない。僕お母さんのそばにいるよ」 そう言うと母さんは安心したのか部屋の鍵を開けて枷をつけたままの俺を抱きかかえた。頬に涙の後があり叫んでいたというより泣き叫んでいたようだった。 一種の洗脳なのだろう。俺は母さんから離れようとしなかった。

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