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涼川 鼓 10
玄関から入ってきた人を母さんは抱擁をして迎えた。母さんより少し上くらいの男。
「待ってたわ清さん」
頬を赤らめる母さんを見て俺は他人事のようにそんな顔できたんだなと思った。
振り返った彼女は俺を見て、吉田清 さんよと言う。俺は無感情にお辞儀をした。
「君が鼓くん?」
しゃがんだ清さんは俺の頭をぽんぽんと軽く触った。口角を上げればすごく優しそうな人だったから、俺は普通にそうですと答えた。
清さんはうんうんと頷く。
「突然だけど、今日から僕が君のお父さんだよ」
……本当に突然なことで、俺は目をぱちくりさせた。急にそんなことを言われても戸惑う。立ったままの母さんと清さんを交互に見ていると、母さんはくすくす笑った。
「お母さんね、清さんと結婚するの」
「けっこん」
馴染みのない言葉を口にすれば母さんは両頬に手を当てて嬉しそうに微笑む。
そんな母を横目に俺は自分を指さしながら、僕吉田鼓になるの?と聞いた。
「お、賢いね鼓くん。そうだよ、君は吉田鼓になるんだよ」
テレビで結婚すると子供の苗字も変わると学んでいた。まさか自分の身に起こるだなんて思いもしなかったが。
この人がお父さん?と清さんをじっと見ていると、彼は小首を傾げどうしたんだいと聞いてきた。見ていただけだったから何も無いという意味を込めて首を振る。
「鼓はすっごく賢いのよ!私の言うことぜーんぶ聞いてくれるの!」
母さんが俺を抱き抱える。いつもの母さんなのに、いつもの母さんじゃないみたい…なんてよく分からないことを考えた。
清さんはそれを聞いて抱かれた俺を一瞥する。
「へえそれはすごいね…」
「だからね鼓、今日もお母さんのお願い聞いてくれる?」
彼女の目はキラキラしていて何か特別なお願いでもされるのだろうかと思いながらこくりと頷いた。きっと、なにか簡単な願い―
「足を切らせて」
あまりにも母さんが平然と言うものだから頷きそうになった。しかし脳がストップをかける。
アシヲキラセテ――
足を、……切る?
「あ、し」
繰り返せばそうよ!と嬉々として返される。
「なん、なんで、ぼく、いいこに…して、たよ」
「ええもちろん鼓はいい子よ!それにお母さんも鼓の事大好きだもの。でも鼓はいつかお母さんの元を離れようとするじゃない?それがお母さんとっても嫌なの!だからお母さん、鼓の足切っちゃえばどこにも行かないって気づいたの!」
まるで名案と言うように母さんは言う。
何を、言っているんだろうか…。
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