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涼川 鼓 23
結局内見には行くことにした。久々の外だから、たまにはいいかなって。
ここ数年完全に外に出なかった訳じゃない。俺がある程度回復すると清さんは度々車を使って外に連れ出してくれた。海なり、ショッピングモールなり、食事処なり、回数は少ないけどいろいろ。
感謝の意は述べるけど、彼が楽しそうなのを見ると腹が立って無視したり叩いたりして。…まあ、効いてなかったけど。
「とりあえず、内見は明日だから。すっごく綺麗だから、鼓くんも気にいると思うよ」
「そう」
興味なさげに言うのに、彼は未だに頬を緩ませていた。
翌日、病院に連れてこられた時と同じ車に乗って内見をしに行った。意外にも町中に溶け込んだ普通な一軒家で、正直拍子抜けした。なんかこう、もっと高級マンションの最上階とか、無駄に大きい邸宅とかそういうの想像してたから。
そう思ったことを素直に話すと彼はそれも考えたんだよと言った。
「高級マンションの最上階は、うん、僕が高所恐怖症だから無理だ」
「どうでもいい情報」
「これからは必要だよ。一緒にいろいろ行くからね」
一通り内見が終わったから玄関で靴を履いていると、頭を撫でられた。諦めて撫でられていると、あとは、と彼が続ける。
「邸宅は…君が好きじゃないだろう?」
邸宅が嫌いなのは母さんを思い出すから。嫌々ながらも引き離されたからわかる、あの場所の特殊さも、母さんの固執が異常だったのも。
気遣われて腹が立つ。なんなのだろう、この言いようのない苛立ちは。
多分、自分でも気づいてるけど気づきたくない、考えたくない、そんなことはありえない。誰もそばにいなかったから当然だという自分を正当化したい気持ちと、たとえそうであってもこの気持ちは潰すべきだという嫌悪ににた感情。相反する思考。それが不快感の原因。
「きらい」
「それは僕のことが?あの場所が」
玄関に立つ減らず口を睨みつけた。
ストックホルム症候群、そう思いたい。俺は被害者で、彼が加害者で。でも世間は俺は被害者、母親から連れ出した彼は”救世主”と呼ばれるだろうことも知っている。
つまり当てはまらない。
この感情は、……、知りたくなかった。
俺の初恋はこの人だ。
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