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喧嘩するほど仲がいいなんてことはない 7
「名付けも父さんだし、楽器をくれたのも父さんだけど、でもあの人は俺を息子だとは認めてない」
抱き寄せているせいで鼓の声がくぐもっている。しかしそれ以上にゾッとした真実に遼介は背筋が凍った。
「それ、どういう」
「俺が今の今まで涼川鼓として生きられたのは、あの人が俺を自分の息子だと公表しなかったからです」
「……そう、だね」
遼介が悩んだのはその点だった。
涼川眞白とジャン・ルイスが結婚したのは大きく取り上げられ、また離婚報道も大スクープとなった。
彼らに子供がいたという事実はなく、ただ涼川眞白には子供がいるというニュースだけがあった。しかしそれはパパラッチによって調べられた事実であり、その子供の年齢やどういう背格好なのかも分からずじまい。
ジャンとの子供なのかも分からなかったわけだ。
つまり、鼓がまさかジャン・ルイスの息子だなんて誰も、遼介さえも思わなかったわけだ。
「あの人は俺を汚点と考えています。認めたくない。正直母さんの事もどう思っているのか分からないんです。…どうして結婚したのか、俺を作ったのか」
「……つーくんは、それを知りたい?」
さすがに苦しくなったのか鼓は遼介の胸元から離れて深く息を吸った。そしてそのままリビングのドアの方に近寄る。
遼介はそっと鼓の手を握った。鼓もその手を握り返す。
「どうでしょう、俺が知りたいのは母さんの事だけですけど…母さんの事を知るとなると自然とあの人の事も知ることになりますよね…うわ最悪消えて欲しい」
ジャンの事を思い浮かべたのか、鼓の顔が嫌悪に歪む。同時に、すりガラス越しのドアに人型が写った。背が高い、ジャンだろう。
ガチャリとそこが開いて、金髪が見えた。
「…………」
「………………………………」
「………………」
「……はじめましてあの、鼓くんとお付き合いさせて頂いております氷川遼介と言います」
沈黙に耐えきれなかった遼介が口を開いた。ピシッと背筋を伸ばし、お辞儀をする。さすがの遼介でも緊張しているようだ。鼓の父親という点と、自分すら敵わない大企業の社長という2点で。
ジャンは無表情にああ、知っていると答えた。
「そうでしたか、光栄です」
「君なら鼓の彼氏として相応しいだろうね」
ジャンの発言にムッとした鼓は、遼介と繋いだ手を高らかに挙げて抗議した。
「人の恋人勝手に相応しいとか判断するのやめてくれない?」
「父親として、息子の恋人を判断するのは当たり前だろう」
「(誰が父親だ父親らしい事してから言えよくそ社長。やっぱり帰ろうかなコイツから母さんの事聞くのすげえ嫌になってきた。いまなら遼介が挨拶したがってたからって言えば帰れるよね、別に嘘は言ってない、遼介挨拶しなきゃって言ってたし。あーーーやだな二度と顔見ないと思ってたのにこの顔見てるだけで腹立ってくる殴りたい)」
相当ムカついたようで、鼓は早口にそう言い放った。
そう、これは心の声ではない。遼介は驚きのあまり綺麗に鼓を3度見した。
「つーくん、つーくん心の声漏れてる!!!!」
「え、あ、そうでしたか。じゃあ普通に言う。殴っていい?」
「………息子と殴り合いが夢だった」
「どのアニメに影響されたクソ親父!」
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