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閑話:本の話

父親と話す前のちょっとした時間の話 「つーくんってメガネかけてるけど、いつから?」 ベッドから降りてメガネをかける鼓に、遼介がそう話しかけてきた。 鼓は自分のメガネを手に取りちらりと見やったあと、うーんと首を傾げる。 「いつから…と言われると微妙ですけど…」 「敬語」 「いつから、と言われると微妙だけど、海外に行ってた頃にはもうかけてたと思う」 まだ敬語が抜けきれていないからたまに遼介に注意される。敬語を外すと嬉しそうな顔をするため、鼓も少し心が和らぐ。 「小さい頃はかけてなかったの?」 「多分…記憶の限りでは」 「そうなんだ。ってことは勉強のし過ぎでメガネしてるのかな」 「勉強し過ぎかは分からないけど、本は沢山読んだ」 「何読んでたの?」 わざと遼介は父親の話題から逸らしてくれていることは明確だった。その気遣いが嬉しくなり鼓も答える。 「ファンタジーとか、恋愛とか、伝記とか、医療系も読んだし、哲学とか学書系も読んだと思う。 「その中でつーくんが1番好きだった本は?」 「……美味しいご飯が出てくる本です」 「美味しいご飯出てくる本」 遼介が首を傾げながら復唱する。 「うん。お母さん、料理が苦手で…だからあんまり家庭の味ってのが分からなくて。美味しそうなご飯の描写がある本を見てはおいしそう、どんな味なんだろうって考えながら読んでた」 「そっか……それでつーくんは料理が上手になったの?」 「それも…ある。でも自分で作ってみても、ご飯ってあんまり美味しく感じられなくて…。父さんはあんなだし、友達はほぼ出来なかったから食べてくれる人居なくて」 (作っても、作っても…どんなに上手くできるようになっても、美味しくなかった) だから、と鼓は続ける。 「だから遼介が俺の料理美味しいって言ってくれてすごく嬉しくてっ」 「実際つーくんの料理はすごく美味しいからね。食べて来なかった奴らは人生を100%損してるね」 「そこまで褒められると恥ずかしい」 だらしなく緩む頬を隠すように、鼓は両手で口元を隠した。 「何その仕草、かわいい」 「…ま、まあ、そうやって試行錯誤するうちに胃がでかくなって食べる量増えちゃったんだけど」 「弊害ありだったか…」 遼介が笑いながら鼓のメガネを外して鼻先にキスをした。

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