436 / 437

夏祭り 2

その表情から本気度が伝わって、鼓は気色悪い!!と鳥肌が立つ腕を摩った。 「汚点など、そんなことがあるわけない。お前はワタシの宝だ」 「ねえ、気持ち悪いってホント」 「もし…言いたくもないが、お前が人生の汚点だったとして。もし本当にそうならお前の戸籍を作り直すなどそんな手間なことをするわけが無いだろう…!」 最後の方は若干感情的になったジャンの声。鼓は腕を止めて、なんとも言えない気まずそうな表情で俯いた。 「亡くなった人間の戸籍を作り替えることは簡単だ。でもお前には…もう過去を捨てて生きて欲しいと思い、1から作り直した。お前のためならワタシはいくらでも金を積める。……海外にいた時、お前に構えなかったのはそのせいだ。せめて海外の人と交流出来ればいいと思いあの環境に放り込んでしまったが、お前に取ってはそれも地獄だっただろう。すまない」 ジャンが頭を下げると、鼓は「別にもう、いい」と小さく言った。言葉足らずなその発言に、遼介が促すように鼓の肩を触る。 ゆっくり顔を上げると、疲れた表情のジャンがいる。 「今更そんなこと言われても…許せないし」 「許さなくていい」 「……」 「ただ、ただ…お前を愛してるとだけ言いたいんだ。もちろん、眞白のこともだ。それからこれはただの頼み事だが…たまには帰ってきて、なんでもいいから話をしてくれ」 そう言って、笑う。見たこともない父親の顔に鼓は再び視線を逸らし、わかったとだけ言った。 少し和らいだ雰囲気の中、外からドドン!と腹に響く大きな音が鳴った。 「太鼓、ですか?」 遼介が窓の方を見遣れば、なにやらざわざわと騒がしい。 ジャンもそちらの方を見て「あぁ、もうそんな季節か」と呟いた。 「この地域では春と夏に祭りがあってな。かなり大々的な祭りで、屋台も多く出る。そう言えば、鼓の名前は春の祭りから来てたな」 「え、なにそれ初耳」 「そう言えば言ってなかったな。お前の生まれる日がたまたまこの地域の祭りと被っていたんだ。遠く響き渡る太鼓の音のように、たくさんの人に知ってもらい祝福される人生を歩んで欲しい。そんな願いを込めた名前だ」 (そういえば、昔ここに住んでいた時期に少しだけ祭りに母さんと参加した記憶がある。その時に何か言ってた気がするけど、もしかしたら名前の事だったのかもしれない) 「いい名前ですね」 照れくさそうに視線を泳がせる鼓に代わって遼介が返事をした。すると、ジャンが遼介に向かって頭を下げた。 「…氷川くん。鼓と一緒にいてくれてありがとう。」 「え、い、いいえ!頭上げてください!俺が好きでつー、鼓くんと一緒にいるだけなんで!」 テンパってる遼介は面白いなぁと鼓はにやにやしながら眺めた。 普段は友達や鼓の追っかけに対して傍若無人に振舞っているが、さすがに恋人の彼氏となればそうもいかないようだ。 「鼓がこうして心を開いてくれたのも君が関係しているんだろう。例を言わせてくれ」 「そんな…ことはありますけど」 そこでそんなことあると言う奴がいるだろうか。

ともだちにシェアしよう!