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夏祭り 3
「本当に君には感謝してる。だが…節度ある交際を心がけるように」
「あっ、はい」
(節度、ある…?)
鼓は頭のなかで遼介にされた数々の行為を思い出した。
ストーカー行為、風呂を覗く、アレを咥えるなど…。
(父さんごめん、もう節度ある交際無理かも)
同じく思い当たる節がある遼介は必死に頭を上下に振っており、鼓はその姿を見ながら心の中で父に謝った。
「さて…ワタシはそろそろ仕事をするとしよう。書斎に籠るが、出かけるなら一言かけてくれ」
「うん…父さん、あの」
ソファーから立ち上がり部屋を出ようとするジャンの背中に鼓が呼びかける。するとジャンはその歩みを止めツカツカと鼓の目の前まで歩いてきた。
その顔は…非常に嬉しそうだ。
「久々に父さんと呼んでくれたな。今日はパーティでも開くか」
「開くなバカ親父。えっと…いろいろと教えてくれたり守ってくれたり…アリガトウ、ゴザイマス」
ジャンに合わせるように立った鼓が頭を下げる。その様子にジャンは目を見開いた後腕を大きく広げたが、首を振り、鼓の頭をさらりと撫でた。
「…お前のためなら」
優しく微笑む顔は、まさしく父親の顔だった。
話し合いが終わったおかげで鼓はようやく息ができるようになったようだった。
ソファーの背もたれに体を預け、大きく深呼吸をしている。
遼介はと言うと、ジャンがいなくなったことで緊張が解けたのか同じように深呼吸をしていた。
「もうむり。もう5年は話したくないです」
「おつかれさまつーくん。でもスッキリしたんじゃない?」
「それは、たしかにそう、ですね…」
「敬語」
「ああもう、今くらい良いじゃん…。俺普段から人と話さないから敬語が染み付いちゃってるんです!」
「敬語と砕けた口調が混ざりあってるのかわいいからいいよ」
(遼介の可愛いポイントが分からない)
首を傾げつつ、鼓はまだ太鼓の音がかすかに聞こえてくる窓に目を向けた。
太陽が傾き始めており人が増えてきているせいか、話し声も僅かに聞こえてくる。
外ではきっと浴衣を着た幾人かの人が大通りを歩いているのだろう。
その光景を想像すると、鼓の脳内に少しだけ気憶が蘇った。
「昔、祭りに母さんと一緒に行ったことがあるような気がするんです。もうほとんど記憶は無いけど、楽しかったって感情だけ残ってて」
「そうなんだ…じゃあさ、、行ってみる?」
「え」
振り返るとすぐそこに遼介の顔があった。
急な接近に驚いて体を仰け反らせると、体勢を崩してしまう。
あっ、と言う暇もなく体が傾いたが、遼介がギリギリのところで腕で支えてくれたおかげで事なきを得た。
「つーくん危ないよ」
「ち、ちちち、ちかい!」
「そりゃつーくん匂い嗅いでたからね」
「へんたいっ」
「それは褒め言葉だなぁ」
頬を赤らめる鼓に遼介はなんのへもなく言った。
「それで、祭りは行ってみる?」
まず体を起こして欲しいと思いつつも、鼓は頷いた。
「実は結構、お祭りとか好きなんです」
「つーくんのことまた新しく知れて嬉しい。俺、つーくんの浴衣姿見たいなぁ」
「でも、浴衣なんて持ってない…」
この家には鼓の荷物はほとんど無い。ほぼ寮に持って行ってしまっているし、それ以外はほとんど捨ててしまっている。
たとえ浴衣を持っていたとしても、それはまだ母親と暮らしていた時の物だから着れるはずも無い。
「大丈夫だよ、俺を誰だと思ってるの?」
にやりと笑う遼介。そういえばこの人もお金持ちだったなぁと、鼓は思い出していた。
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