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そんな顔しなくてもまた来るよ 6

しかしそれ以上言葉を紡ぐことなく、鼓も眞白も押し黙ってしまう。10年の軋轢は、そうそう消えるものではない。 鼓は悩んで、悩んで、悩み抜いて、母さんは元気?と聞いた。 『うん、元気よ。鼓が生きてるって3ヶ月前に知らされてからもっと元気になったわ。鼓はどう?』 「俺は…元気、だと、思う」 (腰と尻に違和感は残ってるけど元気だと思う) ちらりと遼介を見たら両手を合わせてごめんのポーズをしていた。全ての元凶、あとでちょっと虐めてやると鼓は誓う。 しばしの沈黙の後、眞白が電話の向こうでくすくすと笑った。どうしたのと聞けば、 『私が知ってる鼓は声変わりしてなかったから……大人になったんだなって』 と言う。 そう、鼓が眞白と別れたのは7歳の頃だ。その頃の鼓は小さく、声変わりなんてしていない時期だった。眞白はその当時のことを思い出しているのだろう。 その思い出は甘く、そして同時に苦くもある。 優しい母の面と、鼓を虐待する残酷な面。 いい思い出でもあり嫌な思い出でもあるあの頃。 鼓もその頃を思い出して、もうほぼ残っていない額の傷が疼くのを感じた。 「母さん…俺ね、今、彼氏いるんだ」 それを塗り替えるように鼓は言う。 電話越しに眞白が息を飲んだのがわかった。 『いいじゃない!おめでとう鼓!』 「えへへ…ありがとう」 『その人は優しい?鼓を大事にしてくれる?』 「うん、すっごく優しいよ。大事にしてくれる」 (すとーかーだけど) 今それを言うと非常に心配されてしまうため言えないが…それでも、大事にされていることだけは伝えたかった。 『そう、そう…よかったわ、ほんとに』 また声が潤む。また泣かせてしまった、と鼓はどうしようもない気持ちになる。 きっと何を言っても眞白は泣くだろう。今の鼓が出来るのは、ただ他愛ない話をすることだけだった。 「あと、俺、めっちゃいま成績いいんだ」 『あら、さすがジャンの息子ね』 「え?」 『あら、聞いてない?あなたのお父さんもすっごく賢かったのよ』 「そう、なんだ」 一瞬ジャンを見れば、何故か眉間に指を押し当て上を向いていた。これは多分…。 「なんか、父さん泣いてるかも」 『えっ…珍しいこともあるのね』 ふふふと眞白が無邪気に笑った。

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