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第25話 告白 5-3
「少しだけ、少しだけでいいんです」
逃げないで――と優しく耳元で囁かれれば、不思議と身体の力が抜けていく。僕は触れる手やその声から意識をそらし、どうにかやりすごそうとした。けれどどんなに気づかない振りをしても、触れた場所からはっきりと伝わる藤堂の心臓の音は消せなかった。
それが伝染するように僕の心臓までも早鐘を打ち始める。
「すみません」
「いや」
どのくらいの時間が過ぎたのかはわからない。ふいに藤堂の身体が離れ、あいだを通り抜けていく風に熱が攫われていく。けれど申し訳なさそうに俯いている彼の手は、僕の指先をいまだ握ったままだ。
「……藤堂」
小さく名前を呼び、ほんのわずか指に力を込めれば、名残惜しそうに藤堂の手がそこから離れていった。指先から感じた寂しさに、僕の気持ちまでも染められそうになる。
「帰り道、気をつけろよ」
「はい」
あと数メートルというところまで近づいた駅に、僕は有無を言わせず強引に歩みを進めた。このまま一緒にいると、藤堂のペースに飲み込まれそうで怖くなったからだ。
そんな僕の様子に、藤堂は少しだけなにか言いたげに口を開いたが、僕の気持ちを察してくれたのかすぐに小さく頷いた。
「じゃあ」
歩くスピードが弱まる藤堂の背を叩いて促すと、僕は彼の迷いに気づかない振りをして片手を上げる。
「お疲れ様です先生……また、明日」
ほんのわずか、寂しそうな表情を浮かべた藤堂に胸が痛んだのは内緒だ。
「ああ、また明日」
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