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第52話 接近 3-5

「ああ、悪い。つい癖で」  隣に並んだ藤堂の姿に我に返り、申し訳なく思い僕は頭を下げた。  昔からとにかく人混みが嫌いで、無意識にそこを早く通り抜けようと足早になってしまう。この癖のせいで、いままで付き合っていた子たちに大ひんしゅくを買い、さんざん文句を言われていたことを思い出した。 「俺は別に構いませんけどね」 「……?」  人の心を読み取ったかのようなタイミングで、ぽつりと呟いた藤堂の横顔を思わず凝視してしまう。 「俺は見失ったりしませんから」  僕の視線に気がついたのかこちらにちらりと目を向け、藤堂は微笑みを浮かべた。そして掴まれたままだった手にはいつしか藤堂の指先が絡みつき、ぎゅっと強く握られる。  繋ぎ合わされたその手に気づくと、僕はその手と藤堂の顔を見比べ水面に顔を出す魚のように口をパクパクとさせる。 「こうしていれば、はぐれないでしょ?」  繋いだ手を持ち上げ僕の指先に口づけた、その藤堂の大胆な行動に僕は言葉も出ない。だがわずかに揺れた周りの空気に我に返ると、僕は脇目も振らず先ほどよりも速い足取りで歩き始めた。  理性より本能が勝った瞬間だ。あそこで立ち止まって状況確認などしていられない。本能的に僕は逃げた。 「せ、せんせ……」 「いまはなにも言うな!」  歩くというより、もはや小走りに近い僕に藤堂はなにか言いたげに口を開くが、いまそんなことを聞いている余裕は僕にはないのだ。  混んでいるとはいえ、道の真ん中で男二人が手を繋いであんなことをしていて目立たないわけがない。藤堂の手は繋がれたままだが、この際それはどうでもいい。とにかくこの場所から逃げ出したい。  ついでに穴があったら入りたい。

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