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第61話 接近 5-3

 あはは、と軽い調子で笑った渉さんとその気配のあいだに挟まれて、僕は引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。  なにがどうなっているのか、誰か説明して欲しい。しかし僕の困惑と動揺を察してくれる人物は、残念ながらここにはいないらしい。  三人のあいだに奇妙な沈黙が続く。次第にその沈黙に耐えきれなくなってきた僕は、後ろに立つ藤堂の腕を掴み引き剥がそうと試みた。けれど予想を裏切ることなく藤堂の手はそこから離れず、逆にもう一方の手で握られ、僕の手は押さえられてしまった。  結果、僕は藤堂に抱きかかえられるようなかたちになってしまう。 「おい、違う。離せって」  抱きしめられている状況に、また心臓の鼓動が早くなる。 「嫌です」  けれど耳元で微かに聞こえた藤堂の声には、先ほど渉さんに対して見せた怒気を孕ませた鋭い雰囲気はなく、蚊の鳴くような小さな声だった。  僕は慌てて藤堂の顔を見上げる。なにかを堪えるように、ぎゅっと目を閉じる藤堂の表情に胸がきゅっと締めつけられた。こんな時になんでと思ってしまったが、それでもなんだか必死な顔が可愛くて仕方がなかった。 「藤堂?」  呼びかければ、しがみつくようにぎゅっと腕に力を込める。 「嫌です」 「そうじゃなくて」  頑なに力を込める藤堂をなだめるように、僕は笑みを浮かべあやすみたい優しく頭を撫でた。すると閉じられていた藤堂の視線が、まっすぐに僕を見下ろした。

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