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第65話 接近 6-1

 もともと渉さんはいつも笑っていて、あまり表情が読めないタイプだ。でも今日は珍しくその仮面が外れた気がする。あんな無表情は初めて見た。それだけ本気ってこと? 「……」  ふいにテーブルの上でコトリと小さな音が鳴った。その音に顔を上げて見れば、缶の珈琲が一本置かれている。それを置いた人物を目で探すと、少し離れた場所で椅子に腰かけ、彼は同じものを開けているところだった。 「藤堂?」  僕の視線に気づきこちらを見た藤堂は、ひどく困ったような表情を浮かべ小さく笑った。こちらへ近寄ってくる気配はなく、黙って珈琲を口にして、視線を床へ落とす。  いつもならどんなに咎めても、藤堂は傍に寄って来るのに――そう思って、少し胸の奥でざわざわとした変な違和感を覚えた。 「つり橋効果、か。まあ、一理あるけど」  ある日突然告白されて、予想もしない出来事に動揺して、断る隙も与えず考えてくれと言われた。クールダウンする暇もなく、そうしたらもう頭の中は藤堂のことだらけで、驚いたドキドキと恋愛のドキドキと、脳みそが勘違いしてたりするのだろうか。  ふと、以前聞いた言葉を改めて思い出した。 「もしかしてこれか?」  気がついたらトラップに引っかかってる――片平が以前言っていた言葉だ。

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