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第82話 接近 9-1

 もしかして僕が藤堂に気を許していることがつり橋効果だって言われたのに、藤堂の気持ちもそうだったらって思ってるってことか? 「それじゃあ、まるで僕が藤堂を好きみたいだろ」 「好きみたいじゃなくて、好きなんだろ!」  目を瞬かせ、まさかと呟けば、呆れ返った明良の怒声が店中に響き渡る。その声に店内の視線がこの場に集中するが、店員たちは一瞥するだけで業務に戻っていく。それに習い客たちも興味が失せたように自分たちの会話に戻っていった。 「ああ、もう。そんなにわかんねぇならしばらく距離置けよ。しばらく顔あわせなけりゃ、どんだけ相手のことが気になってるかわかるだろ」 「なあ、ほんとに僕が藤堂のこと好きだと思うか?」 「俺に聞くな!」  僕の問いに顔を真っ赤にして怒鳴る明良は、ふいと背中を向けてビールを煽っている。そんな背中を見ながら僕はいまだ納得がいかないように首を傾げていた。  好きって、どういう感情だったっけ? 随分と昔にそんな気持ちは置き忘れてきてしまった気がする。この内側にあるもやもやとした気持ちがなんなのか、いまの僕にはさっぱりわからなくて、逆に不安が募った。  人を好きになるってどんな時? そんな簡単な答えさえ見つからない。

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