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第84話 接近 9-3

 送信完了の文字を目に留めて携帯電話を閉じると、ふいに外のざわめきが届いた。それにつられて窓の向こうを眺めて見れば、生徒の群れの中に見慣れた顔を見つけた。けれどいつもとは違うその光景に一瞬戸惑い、僕は首を傾げる。 「……ん? いない」  準備室の窓からはちょうど校門がよく見え、机に向かっているとそこから登校してくる生徒たちの姿が目に入る。普段の今頃は片平と三島、そして藤堂が並んで歩いてくるのだ。けれど今日はそこに藤堂の姿がない。 「休み、とか?」  見えない姿に思わず眉間にしわが寄る。 「メールでもしときゃよかったかな」  昨日のことを思い出し胸がざわりとした。  泣きそうに顔を歪め、それを伏せたきり藤堂は帰るまでこちらを振り向かなかった。結局、お互い居心地悪い雰囲気のままで、あのあとすぐに別れてしまい今日の朝になっても藤堂と連絡は取っていない。 「そういや、こっちから連絡したことないな」  藤堂に告白されたあの日、連絡先を交換してからいつも鳴るのは僕の携帯電話で、毎日欠かさずメールが届く。かといってなにか用があるわけでもなく、ただ「おはよう」とか「お疲れ様」とか、「おやすみ」とか――そんな他愛もない一文だけ。  だから特に重く感じることもなく、こちらも短く返事するだけ。 「それにしても、考えてみればそんなに経ってないんだな」  ふとアドレス帳の名前を見下ろし僕は思わず首を傾げた。

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