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第86話 接近 9-5
にわかに生徒が慌てふためいているということは、そろそろ予鈴が鳴る頃か。壁かけの時計に少しだけ視線を向けて歩けば、慌ただしい生徒たちの群れの中でふと視線が止まる。
「ん、藤堂?」
てっきり今日は休みかと思っていた藤堂が下駄箱の傍にいた。どうやらいま着いたばかりのようで、ちょうど靴を履き替えているところだった。
朝が弱いとは言っていたがこんなギリギリに来るのは珍しい。少し顔色もよくないその横顔に思わず顔をしかめてしまう。
「具合、悪いのか?」
立ち止まりじっとその姿を見つめていると、視線に気がついたのか藤堂は顔を上げた。しかし一瞬こちらを見たと思った藤堂の目は、すぐにそらされ再び下を向いてしまう。
「いま、目が合ったよな? 気のせいか?」
教室へ向かい歩き出した藤堂の後ろ姿を見ながら思わず僕は首を捻る。その背中が見えなくなるまで、しばらくその場に立ち尽くしていると、少し先の職員室から大声で名前を呼ばれた。
「ヤバイ、職員会議に遅れる」
鳴り始めた予鈴の音に、僕は慌てて小走りに職員室へ駆け込んだ。
そしてこのあと僕は過ぎ去る藤堂の後ろ姿を呼び止めなかった、自分の行動を後悔する。
[接近 / end]
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