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第102話 すれ違い 4-1

 いまどうしようもなく殺意を覚えた。いますぐにでもこの三階の窓から目の前の男を捨ててしまいたい――いや、捨ててしまおうか。  人の神経を逆なでするのが得意な男だと常々思っていたが、それをこの俺にやるということは、よほどのことをなにか企んでいるのだろう。 「ちょっと待った!」  苛つきを隠しもせずに峰岸の肩を掴んだ瞬間、追いすがるように後ろから抱きつかれた。 「……」  その衝撃に視線を落とせば、こちらを見上げる神楽坂と視線が合った。しかしなぜか神楽坂は俺と目が合った瞬間、顔を青ざめ視線を泳がせる。 「なにか用?」  思わず出た声は、我ながら思った以上に平坦で冷ややかなものだった。 「い、いやあ、なんかすごい黒い気配感じちゃって……とっさに」  あはは――と引きつった笑いを浮かべながら、神楽坂は俺から離れると両手を上げて一歩一歩と後退して行く。 「気のせいじゃないか?」 「だよなぁ、気のせい、だよなぁ。まさか会長を本気で窓から放り出そうなんて、藤堂はそこまでデンジャラスな奴じゃあないよなぁ」  神楽坂の言葉に思わず目を細める。意外と神楽坂は勘のいい男だったようだ。乾いた笑い声を上げながら、さらに彼は後退して行く。 「神楽坂はなんでそんなに峰岸に低姿勢なんだ。仮にも同い年だろう?」  なぜか峰岸を会長と呼び、名前で呼ばない神楽坂にふと違和感を覚えた。しかし動きを止めたその姿に首を傾げると、なぜか急に彼の額に汗が滲む。 「聞いてくれるな藤堂。これには海より深いわけが」 「お兄様って呼ぶなら許してやるぞ」  狼狽する神楽坂に追い打ちをかけるように、峰岸は喉の奥で小さく笑う。そして神楽坂を見るその視線は、都合のいいおもちゃでも与えられたような、嬉々としたものだった。

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