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第135話 すれ違い 10-6

「……ああ、そうかもな」  好きだと言われて初めに追いかけたのは自分だった。それが仕掛けられた罠で、駆け引きだったのだとしても、間違いなく自分は彼に惹かれたのだ。  そして僕の答えを急くことなく待とうとしてくれていたのは藤堂だった。 「好きだ」  だからあの日――わけもわからぬまま背を向けられたのが嫌だった。自分を映さないあの目が嫌だった。振り向かないあの背中が嫌だった。抱きしめないあの腕が嫌だった。  だから認めたくなかった。自分が認めたらなにかが崩れて行きそうで怖かった。好きだなんて気がついてしまって、藤堂が戻ってこなかったら?  誰でもいいわけじゃない。笑ってくれるのも、見つめてくれるのも、抱きしめてくれるのも――彼でなければ嫌なのだと、自分でもわかっているから、怖くてたまらなかった。 「藤堂が、好きなんだ」  ふいに胸の辺りが痛んで、止まっていたものがこぼれ落ちそうになる。  藤堂が自分のことを本当に想っているかどうかなんて、いまはもうそんなことはどうでもいい。きっとまっすぐに彼が自分を見つめたあの瞬間から――もう想いは溢れて、歩き出していた。  好きだと想う気持ちが心に芽吹くのに、時間などいらなかった。 [すれ違い / end]

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