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第137話 想い 1-2
「マネージャー、外に出てもらっていいですか」
「はいはい」
苦笑いを浮かべ肩をすくめていると、彼はさらにホールからも急かされた。そして参ったね、モテモテだ俺、などと呟きながらも足早にホールへと向かう。だがふいに彼は振り返り俺のことを指差した。
「あ、優哉。それを片したら今日は上がっていいぞ」
「え? まだ時間は」
急な言葉に驚いて時計を見れば、まだ時刻は二十時を回ったばかりだった。いつもの俺の就業時間は二十一時半までだ。
「今日はボーナスで上乗せといてやるから、帰って寝ろ。疲れた顔しやがって、学生の本分は勉強だぞ。久我さんの許可済み」
じゃあと言ってホールへ戻っていく彼の背を、驚きながら俺は見送った。
まさか本調子ではないことを見抜かれているとは思わなかった。そういえば彼は一見ホストかと思える顔立ちで雰囲気はいささか軽いが、若い割に仕事ができると料理長の久我さんは言っていた。
でも確かにここは有名ホテルにある看板的なレストランだ。そこをまだ三十路にも手が届かないような男が店長として仕切っている。人望や頭のよさ、そして腕がなければ難しいだろう。――がしかし、それを言えば図に乗るから言うなとも言っていた。なんとかは紙一重といったところか。
「早く片付けて帰っちまえ。代わりに瑛治を呼んでこい」
「あ、はい」
ホール係に的確な指示をしながらも、無駄な動きなく働く拓真さんの後ろ姿をぼんやりと見ていると、ふいに久我さんに声をかけられる。
「次は厨房入れよ」
壮年を過ぎて少々気難しさがあるが、長くこの店の味を一流に保つだけの腕がやはりある。図らずもその世界を目指す者としては、この人にそう言葉をかけて貰えるだけで素直に喜ばしい。
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